●第6回・「芸術職人」を育成します・ものつくりの視点を伝える──日本装飾美術学校

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「芸術職人」を育成します・ものつくりの視点を伝える──日本装飾美術学校 | Page1 -Page2

「芸術職人」とは?

 日本の伝統工芸が失われつつある、というニュースをしばしば耳にします。後継者になろうとする人が少なく、行政が援助していることも多い、と。

 それは大変だ、一体どういった事情なのだろうと、私は個人的に関心を持ち、折を見ては各地の職人さんなどを訪ね歩いてお話を伺っていたのですが、原因として挙げられたのはまず、

 ・厳しい徒弟制度に耐えられない若者が多くなってきた
 ・若い人に影響を与えるほどの“作家”が少なくなってきた

 ・・・ことでした。
 学校で叩かれたり大人に愛情を持って叱られたことのない子が耐えられる世界ではない、とのことですが、果たしてそれが最大の要因かというとそうではなく、やはり「魅力」を伝えるだけの「芸術性」の低下が一番かと思いました。どんなにぬくぬく育っても、本気で目指したいと思う対象があれば、辛い下積み生活にも耐えられるんじゃないかしら? 私も現代っ子ですから、「耐えられない」というのを前提に言っていますが。

 『日本装飾美術学校』では、その「芸術性」を育成します。
 「職人学校」ではなく、あくまでものつくりにたずさわる人を「芸術職人」と呼んで育てる学校。「技巧」より先に「芸術を生み出すまなざし」に着目しているのが特徴です。また、広い視野で空間との関係を捉えられるように、建築の工房ともつながっています。「ものつくりのためのものつくり」ではなく、人の生活空間を彩るためにものをつくるという、原点から提案した学校なのです。

 さて、「芸術性」の育成ですから、それこそ曖昧で、ワザとか方法論のない世界なのですが、この学校では日本美術の特色──“花鳥風月”を感じる環境作りを念頭に置いているようです。信州の、ぎょっとするような田舎に建てられた学校(いやホント、都会人だったら必ず驚くと思う。駅前に喫茶店も見当たらず、コンビニもない。“刺激”慣れした若い人だったら、ちょっとした苦行になる。しばらくは)。

 また、「知」と「技」のバランスを考えていく上で、生活美学や環境学、植物学などの基礎講座も充実しています。

「この学校で目指すものは、今までのデザインとは違い、『装飾』をキーワードに豊かな自然の中から学び、ヒントを得ることで、自然の息吹をそのまま伝えるモノ、本当に人が安らげる空間を創り出すことです」(パンフレットより)


【日本装飾美術学校】
http://www.decobi.com/

〒399-0211 長野県諏訪郡富士見町富士見糠屋7872
tel 0266-62-2500 fax 0266-62-8311

周りのどの駅よりも信州らしい、野放図な魅力を残しているところに建っています。通いの生徒さんもいるそうですが、ほとんどの人が写真の寮で共同生活。風光明媚で個室制、恵まれてると思う(おそろしく何もないところに耐えられたら)。

一般向けの講座や、サマースクールなどもあります。



小黒校長先生の指針・ものつくりの心

 JR富士見駅を降り、タクシーで5分ほど行ったところにある、真っ白な洋館が日本装飾美術学校です。およそ専門学校らしからぬロマネスク様式の門扉から入り、正面玄関を開けると、大きなシャンデリアが下がったフロアに出ます。まだ出来たばかりの新しい学校なので、塗料の匂いがプンとします。

──まだ生徒さんが少ないと伺いました。

「ええ、一年目が7人、二年目が12人です」

 校長の小黒先生は渡仏されて学んだ壁画がご専門です(だからこの学校には日本では珍しい、壁画工房があります)。西洋の壁画にあたるものは日本では襖絵などになりますが、「空間」を意識したものづくりという点では同じです。

 ──ここに伺う前に、金沢市民芸術村という市の作った施設を見学させてもらったのですが、その中にある「職人大学校」では、金沢の文化的建造物を修復できる職人を育成するということでした。やはり匠(たくみ)の技が廃れていくことに対して危機感を感じて、ということでしたが・・・。

「そういう動きは全国にたくさんあると思いますが、我々の考えているのはそういうことではないんですよ。というのは、技術を残すというのは、技術が必要とされる社会があるからであって、残らないということは需要がなくなっちゃったってことです。需要がないのを無理に興そうとしても仕方ない。文化財だということでお金をかけて国でやるんだったらともかく、我々はもうそこを見ていてもしょうがないと思っているんです」

──と、いいますと。

「僕は、個人的な考えでは、滅びる技術は滅びてもいいと思っています。いまの時代は、CDでもなんでも、その工程は記録して保存できますよね。で、必要性があれば、掘り起こす人は必ず出てくると。たとえば、昔読んだ司馬遼太郎の『故郷忘じがたく候』で、沈壽官(ちんじゅかん)という朝鮮から帰化した人が、何年も途絶えてしまった黒い鉢物を復活させようとしていましたが、そういう情熱があればできると思うんです」

──なるほど。そうですね。この間、江戸独楽の職人さんとお会いする機会があったのですが、途絶えていたものを調べて、復活させたとおっしゃっていました。(美術品とはややちがう)特に需要に左右される「玩具」ですから、それをまた継承してもらうのは難しいかと思いましたが・・・。

「ここでは何をしようかというのは、過去の技術を掘り起こそうとかいうことではないんですよ。新しいものを開発しましょうということなんです。そこでいちばん重要なのは、“需要”なんです。需要を掘り起こすことが大事だと考えています」

8つの工房とコラボレーション

──“需要を掘り起こす”とは?

「いま、たとえば住宅とかいろいろ見てますと、日本の住宅事情というのは非常に貧困で、ハウスメーカーの四角い箱で、ビニールクロスと集成材などで作られていて、生活環境だけで悲惨な状況だと思ってるんですよ。しかし、生活空間への潜在的な欲求はあると思うんで、そこに向けてのものつくり、“生活空間のためのものつくり”をやろうと。で、そのために(装飾美術の学校でありながら)建築の勉強もできる、と」

 この学校には、建築・金属・造園・木・壁画・陶磁・ステンドグラス・ガラスの8つの工房があり、どの工房に属していても自由に行き来できるようになっています。私は芸大出身で、洋画を専攻していたのですが、他の科の教室には入ることすらためらわれたし、専門外のことも学べるなんて考えたことがありませんでした。

「たとえば、ガラス工房なら器を作っていればいい、という考え方ではなく、そのガラスを使ってどう生活空間を豊かにさせるかって考える。各工房が連結することによって、生活空間のための新しいものの提案ができるんじゃないかと思っているんです」

──ああ、それはとてもよくわかります。私は以前、建築関係、店舗内装の会社にデザイナーとして勤めていたのですが、さぁ、什器を作ろうという時にはメーカーから送られてきたサンプルを見て、じゃあここはこの素材で・・・って、ほとんど固定観念で決めていました。でも、考えたらデザイナーから欲しい素材を提案していく形もあってよかったんですよね。「この椅子、ふわふわしてて耐水性のある素材にしたいんだけど、何かいいの作れない?!」とか言って。メーカーとの掛け合いで。

 そういった動きは近年、建築家の間でよく見かけます。(会社や事務所の枠を越えて、消費者とメーカーとのコラボレーションでクラフトしていく、といったような。material database[propo.net] http://www.propo.net/ など)

 そしてもし、提案されたデザインや用途が素晴らしければ、メーカーさんや技術者・職人さんはやったことのない技術を試したり、作ったことのない素材の開発に乗り出すかもしれない。それが、小黒先生の言う、「新しいものを開発する」ということなのです。


 たとえばその昔、千利休は、瓦を焼いていた職人さんをつかまえて、「楽焼」という、茶碗を完成させました。利休の中の「侘び・寂び」という観念を職工の手を通して具現化させた、コラボレーション(共同作業)の最たる例だと思いますが、もともと技術と芸術の関係とは、こういうものなのです。アーティスト同士や、「会社単位」で固まって、フォローしてくれる職人やメーカーさんを「下請け」とする向きがヘンだったと思うの・・・。

 とはいえ、「技巧・技術」がしゃしゃり出ても上手くいかない。
 次ページでは、「技術」と「美術」の関係と、生活空間を彩るデザインを生み出す環境についてお伝えします。


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